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日航機事故の生存者・・・

事故1985年昭和62年)8月12日


坂本九さんが乗っていた日航機墜落事故
JAL123便

生存者4名とされていますが・・・
もっと居たような記憶でした。
気になって調べてみると。。。

8人と書かれている記事を発見。
やっぱり4人じゃなかったんだと
思ったけど、実際には4名だと
どこのメディアも発表しています。

気になった記事。

日航機墜落事故の謎 - 消えた男の子
”小平 尚典(こひら なおのり)という
カメラマンが撮ったという。

10歳前後とみられる短髪の男の子が
自衛隊員に抱えられている。
見たところ目立った外傷はない。
まるで生きているかのようである。
しかし、この事故で助かったのは4名の女性
だけとされる。

落合由美(26)、川上慶子(12)、吉崎博子(34)
吉崎美紀子(8)の4名である。
【括弧内の数字は当時の年齢】
従って、この男の子は死んでいたことになる。
しかし、靴の脱げた左足首に何かヒラヒラした
ものが見える。
気になったので、クローズアップしてみた。
下の写真である。
http://midomidotacnet.blog.fc2.com/
20180722160240555.png

何か細長い布のようである。
細長い布・・・・・。
これは包帯である。
この男の子の左足首に包帯が巻かれている。
ひどく簡易的な応急処置だが、この子は治療を
受けている。
死体に包帯を巻くはずがない。
という事は、この子は生きていた・・・。”
乗客名簿等の記事も詳しく書かれていました。

とっても不思議。
本当に生存者4名だったのでしょうか?

YouTubeにも色々な動画が上がっています。



日航123便墜落翌日の放送
少年の生存者を目撃

動画の最後の部分で、「今、12、3才の少年が救出
されて自衛隊員に担がれて尾根に向かいました。
まもなく自衛隊のヘリで救出されるものと思われます」
というフジテレビ山口真記者の生中継に注目。

日経新聞での発表では・・・

20180812160030.jpg
source:1人FBIの回~
1985年日航機墜落事故、実は・・・


こんなニュースも・・・
待機命令を無視して

20180812155000.jpg
source:1人FBIの回~
1985年日航機墜落事故、実は・・・


日本航空123便墜落事故―資料1
≪オレンジエアー≫
http://wallenstein.cocolog-nifty.com/

1488.jpg

上記は、JAL「安全啓発」センター展示室の1枚

jal033_l.jpg
source:心に刻む御巣鷹

”「40」番と書かれたオレンジ色の破片なのですが
123便のジャンボ機の本体にもエンジンなどの
部品にも一切使われてないそうです
(黒が使われている塗装から判断してチャカⅡ
でなくてファイアービーっぽいですね)。
でも事故現場にあったわけですから
展示されるのは当然です。”と書かれていました。

世界の真実の姿を求めて!
http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-1097.html
週刊現代2010年8月14日号

”オレンジ色の飛行物体は1万1300フィートから
2万3900フィートまで執拗に飛行機を追尾している。
このことから考えて、謎の飛行物体は明らかに
巡航ミサイル。

衝突を回避させるために、巡航ミサイルを自爆させた?

自爆した風圧の影響?
123便は「横」からのG(圧力)によって
機体が揺れている。

また垂直尾翼は破損しておらず、オレンジの
破片が垂直尾翼に突き刺さった。
(倉庫にある垂直尾翼の写真)


週刊現代2010年8月14日号
「123便」に登場したAさん一家は機内から
写真を撮っていた。
そのうちの5枚が窓の外を写したものだった。
最初の一枚は、窓際から妹さんが平穏に風景として
撮ったものだが、他の4枚は、違うアングルで、
2枚目は父親、3枚から5枚目は妹さんの隣に
いた母親が撮ったものと推定されるという。
異変直後に、咄嗟にカメラをよこしてと、撮ったのだろう。

その二枚目の写真をデジタル処理すると、そこには
黒い点と思われていた点が、実際にはオレンジ色
の物体が、うっすらと浮かび上がっていた。

青山さんはパソコン上でこの写真を拡大していった
ところ、オレンジ色に変色していったという。
画像処理の専門家にこの写真の検証を依頼した
ところ、「円錐もしくは円筒のようなものを正面右
斜めから見たようなイメージで、この物体は
オレンジ帯の方向から飛行機の進行方向に
向かっているように見えます」という。
ネガを直接鑑定すれば、この「オレンジ」の正体
も分かるだろう。

123便は「横」からのG(圧力)によって機体が
揺れている。「後部圧力隔壁損壊」では横揺れは
起きないという。”

日航ジャンボ123便 垂直尾翼に
オレンジエアが刺さっているカラー写真

https://ameblo.jp/entry-11328508540.html
o0560042612134543223.jpg





柳田邦男著 死角 巨大事故の現場 
(新潮社)より

機内の与圧が抜けたときには、乗客が息苦しく
ならないですむ高度13,000フィート
(約3,900メートル)まで、急降下するのが、
緊急操作の手順になっている。

 123便の場合、高度24,000フィートから
13,000フィートまで急降下するには、2分も
あれば十分である。

 ところが、123便は異常事態発生後、逆に高度
を上げたかと思うと、少し下げ、再び上昇するという
極めて不自然な高度の変化を見せ、17分間も
高度2万フィート(約6,000メートル)以上のまま
飛び続けていた。
機長が降下しようと操作しても、機体が反応
しなかったに違いない。

 そして18時40分頃からかなり急な降下に入った
のだが、この降下は急な右旋回もまじえて、8分間に
22,000フィートから6,600フィートへと、一気に
高度を15,400フィート(約4,600メートル)も
さげてしまうという異常なものだった。

機長は思うように降下できないので、高度を下げる
手段として脚を下ろしたところ、予想以上に高度
を失ったに違いない。

n-koseki1.gif

 このような飛行高度の異常な変化は、機体が
上昇・降下のコントロール機能を失っていたこと、
従って水平安定板および昇降舵の操作が
できなくなっていたことを示している。

 つまり、航跡図と高度変化図が示しているのは、
123便が方向のコントロールも上昇・降下の
コントロールもできなかった、まさに糸の切れた
凧にも等しい状態になっていたということなのである。

n-koseki2.jpg
source:http://www.geocities.jp/y190804/koseki.html

日航ジャンボ123便、墜落 
「御巣鷹山の真相」を追っていた
ワールド・フォーラム代表・佐宗邦皇氏が不審死
この方は、元日本航空の社員です。

色々よみました
どれが真実なのか分からないですね。

記事を書かれているみんさんは
参考文献を読み書かれているのだと
思います。

「真相解明」のマニュアル
https://sinsoukaim.exblog.jp/21996652/

米国が撃墜した日本航空123便
http://check.weblog.to/archives/
ミサイルは日航機エンジンに激突していた 
※空対空ミサイル「ファルコン」の残骸
6de1ca0a.jpg

みんなが知るべき情報/今日の物語
新証拠「日航123便墜落」 生存者は自衛隊が…

トップ ドキュメンタリー : NHKスペシャル
日航ジャンボ機事故 空白の16時間 ~
“墜落の夜”30年目の真実


中曽根康弘が日航機墜落事故で
墓場まで持っていく真実とは?!
https://anincline.com/nakasone-yasuhiro/

なにが真実で・・・何が偽なのか???
都合の悪い事は、公表しない。
それって、どーなのかな?って思って
しまいます。。。

でも、みんなが話してる自衛隊の話し、、、
それだけは、嘘でしたと言って欲しい。

それが本当にならば、日本と言う国を
信用できなくなってしまいます。


1985年 #昭和62年 #日航機墜落
#事故 #自衛隊 #真実


【2019/06/05 11:30 】
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